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夕方、薄暗くなってくる時間。
「私、家に帰るから」
利用者様が、そわそわと立ち上がり、出口に向かって歩き出す。
「〇〇さん、もう夜だから帰れませんよ」
「あなたの家は、ここでしょ!!」
良かれと思ってかけたその言葉が、かえって本人様を興奮させ、大声や混乱に繋がってしまった…
そんな経験に、心を痛めていませんか?
帰宅願望への対応は、認知症ケアの基本であり、奥義です。
この記事では、何故あなたの対応がうまくいかないのか、そして、本人様の不安を和らげる「魔法の声かけ」について、私の経験からお話しします。
鉄則:「否定しない」「説得しない」が、何故何よりも重要なのか

介護職が、帰宅願望に対して、ついやってしまいがちなNG対応。
それは「否定」と「説得」です。
- 「帰れませんよ」(否定)
- 「さっきも言いましたよ」(指摘)
- 「ここがあなたの家でしょう?」(説得)
これらは、何故ダメなのでしょうか。
それは、認知症の方にとって「家に帰る」という想いは、その瞬間の、揺るぎない「真実」だからです。
その真実を、あなたが真っ向から否定することは、本人様からすれば「あなたは間違っている」と人格そのものを攻撃されたのと同じように感じられます。
「真実」を突きつけられた本人様の心に残るのは「自分は間違っているのか」「この人は分かってくれない」という、深い混乱と、さらなる「不安」です。
そして、その不安こそが、帰宅願望を更に強くしてしまう、最大の原因なのです。
何故「家に帰る」と言うのか?その心理背景

では、本人様が訴える「家に帰る」という言葉の裏には、どんな心理が隠されているのでしょうか。
その多くは、記憶障害そのものよりも、今いる場所での「不安」や「役割の喪失」から来ています。
- 居場所がないという不安:「私は、ここにいて良いのだろうか?」
- 役割の喪失:「自分は何もすることがない、役に立たない存在だ」
- 身体的な不快感:「トイレに行きたい」「どこか痛い」「お腹が空いた」
- 環境への混乱:夕暮れ時(黄昏症候群)になり、周囲が暗くなることで、「家に帰らなければ」という過去の習慣がよみがえる。
本人様が言っているのは「あの建物としての家に帰りたい」のではなく「安心できる場所に行きたい」「私にはやるべきことがあるはずだ」という、心からのSOSサインなのです。
ベストな対応:まずは気持ちを受け止める「共感」の言葉

そのSOSサインに対して、私たちが最初に行うべきベストな対応。
それは、本人様の「言葉」ではなく、その裏にある「感情」に寄り添うことです。
魔法の第一声:「そうなんですね」
まずは、否定も肯定もせず、ただ、オウム返しのように受け止めます。
「(優しく口調で)お家に、帰りたいんですね」
「(目線を合わせて)そうなんですか、お家に帰られるんですね」
たったこれだけで、本人様は「この人は、私の話を真面目に聞いてくれた」と感じ、心が少し開きます。
気持ちに寄り添う「プラスアルファの声かけ」
その上で、本人様の「不安」な気持ちに共感する言葉を添えます。
「何か、お家のことで心配なことでもおありですか?」
「おうちのことが、とても気になっていらっしゃるんですね」
本人様が求めているのは「帰れない理由」ではなく「自分のこのモヤモヤした気持ちを分かってくれる人」なのです。
【実践テクニック】不安を和らげる3つの具体的な“魔法”

気持ちに寄り添い、少し落ち着きを取り戻したら、次のステップとして、本人様の意識を「不安」から「安心」へと導く、具体的なテクニックを使います。
テクニック①:気を逸らす(話題の転換)
本人様の不安な気持ちを受け止めた上で、さりげなく話題を転換します。
「お家に帰られる前に、あちらで、淹れたての美味しいお茶でも一杯いかがですか?」「あら、〇〇さんのそのセーター、とても素敵な色ですね!!」
ポイントは、帰宅願望から強引に引き離すのではなく、本人様が好きなこと、得意なこと、興味のあることに、自然と意識を向けてもらうことです。
テクニック②:役割をお願いする
帰宅願望が「役割の喪失」から来ているケースは非常に多いです。
その場合は「役割」を提供することが、何よりの特効薬になります。
「〇〇さん、お帰りになる前に、申し訳ないんですが、タオルを畳むのを手伝っていただけませんか?私、一人では大変で…」
「助かります」「さすがですね」といった感謝の言葉と共に役割を担っていただくことで、本人様の「自分はここで役に立っている」という自己肯定感が満たされ、不安が和らいでいきます。
テクニック③:一緒に“準備”する(上級編)
どうしても帰宅願望が強い方には、こちらも介護のプロとして、芝居を打つこともあります。
「分かりました、帰りましょう。荷物をまとめないといけませんね」と、本人様の世界に私たちも入っていきます。
一緒にカバンに持ち物を入れ(フリでも構いません)一緒に玄関まで歩いてみます。
「あら、もう鍵がかかっていますね。もう夜も遅いですから。事務所に鍵があるか、私が聞いてきますので、あちらで温かいお茶でも飲んで、少しお待ちいただけますか?」
このように、否定を一度も使うことなく、本人様の気持ちに最後まで寄り添いながら、自然な形で居室やリビングへ誘導することができます。
帰宅願望が起きやすい時間帯と予防的な関わり

帰宅願望は、夕方の15時〜18時ごろ、いわゆる「黄昏時(たそがれどき)」に最も多くみられます。
これは、外が暗くなり始めることで不安が増幅されることや「夕飯の支度をしなければ」「家族が帰ってくる」といった、長年の生活習慣が蘇ることが原因です。
そのため、この時間帯になる「前」に、予防的に関わることが非常に重要です。
- 早めに室内の照明を明るくする:薄暗さが、心の不安を呼び起こします。
- 落ち着かない様子が見られたら、すぐに声をかける:「帰宅願望」が本格化する前に、お茶に誘ったり、簡単な役割をお願いしたりします。
- 日中の活動量を増やす:日中に適度な疲れを感じてもらうことで、夕方の不穏な時間を、穏やかな休息の時間に変えていくことができます。
あなたの心と学びを守るために

ここまでお話ししたことは、介護の「技術」です。
才能や性格ではなく、知識と訓練で、誰でもできるようになります。
あなたの「対応力」を支える知識
認知症ケアの技術は、知っているか知らないかで、あなたの心の余裕が全く変わってきます。
私が管理職として、職員に強くすすめていたのが、フランスの介護技術である「ユマニチュード(Humanitude)」です。
「見る・話す・触れる・立つ」といった具体的な技術が、あなたの声掛けの引き出しを格段に増やしてくれます。
どうしてもイライラしてしまう、あなたへ
頭では分かっていても、人手不足で忙しい時や、疲れている時に、優しく対応し続けるのは本当に難しいものです。
もし、あなたが「どうしても優しくなれない」と自分を責めているなら、それはあなたのせいではなく、あなたに余裕を持たせない「職場の環境」に問題があるのかもしれません。
介護職が疲弊しきっている職場では、質の高い認知症ケアは絶対に実現できません。
もし、あなたが心の余裕を失うほど追い詰められているなら、職員一人ひとりの心のケアまで考えてくれる、優良な職場への転職という選択肢も、真剣に考えてください。
介護専門の転職エージェントに相談すれば、そうした「認知症ケアに本気で取り組んでいる」施設の情報を得ることができます。
まとめ:帰宅願望は、その方からのSOSであり、信頼関係を築くチャンス

認知症の方の「家に帰る」という言葉は、私たちを困らせる「問題行動」ではありません。
それは、本人様が発している「不安です」「助けてください」という、心からのSOSサインです。
そのSOSを否定せず、温かく受け止め、寄り添うこと。
その関わりこそが、介護のプロとして最も誇るべき技術であり、利用者様との揺るぎない信頼関係を築く、最大のチャンスなのです。

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